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水戸地方裁判所 昭和47年(ワ)52号 判決

原告 糸井優

右法定代理人親権者母 糸井とよ

原告 糸井とよ

右両名訴訟代理人弁護士 赤津三郎

被告 金川正男

被告 金川茂男

右両名訴訟代理人弁護士 矢田部理

右訴訟復代理人弁護士 丹下昌子

同 天野等

主文

一、被告らは各自原告糸井優に対し金一九四万五、四〇八円およびこれに対する昭和四四年八月二〇日より、原告糸井とよに対し金三四二万二、七〇四円および内金二九二万二、七〇四円に対する前同日より各完済まで各年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四、この判決は原告ら勝訴の部分に限り、原告糸井優につき金四〇万円、原告糸井とよにつき金七〇万円の各担保を供するときは、かりに執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは各自原告糸井優に対し金四三一万四〇〇円およびこれに対する昭和四四年八月二〇日より、原告糸井とよに対し金五〇五万五、二〇〇円および内金四二〇万五、二〇〇円に対する前同日より各完済まで各年五分の割合による金員の各支払をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告金川正男は昭和四四年八月二〇日午前七時四〇分ころ、自動二輪車(以下被告車という)を運転し、勝田市武田九七八番地先附近道路を那珂湊市方面から勝田市市毛方面に向って時速約五〇キロメートルで進行中、同方向に向って進行中の訴外亡糸井新五衛門運転の自動二輪車(以下被害者という)を右側から追い抜くにあたり、同車が前方の足踏二輪自転車を避け、右に寄ることも予想される状態にあったのであるから、その動静を注視し、十分な間隔を保ち、安全を確認してその右側を進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、被害車が右に寄ることはないものと軽信し、約一メートル位の間隔で安全を確認することなく漫然前記速度で進行した過失により同方向に先行していた被害車に被告車を接触させて転倒させ、よって同人をして同日午前一一時三〇分同市本町二二番地二号勝田病院において頭蓋骨および頭蓋底骨折ならびに脳挫傷により死亡するに至らしめた。

二、被告正男は不法行為者として民法七〇九条により、被告茂男は被告車の所有者で運行供用者であるから自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条により各自本件事故によって生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

三、損害

1  葬儀費金三〇万円

原告とよ支出分(たゞし諸雑費を含む)

2  逸失利益金七二一万五、六〇〇円

亡新五衛門は事故当時五六才(大正元年一二月二五日生れ)で生来健康体であり大工職として勝田市本町三一の四土木建築業佐久山久行方に雇われ精勤しており、日給金二、四〇〇円を得ていたところ、月平均二五日稼働していたから、月収金六万円となる。しかし、その后の大工職の賃金の上昇状況等を見た場合亡新五衛門の日給は少くとも金五千円を下らないものとみるべきであるから、月収金一二万五千円(月平均稼働日数二五日)となるが、控え目にみて月収金一〇万円とする。そして、亡新五衛門は本件事故に遭わなければなお一八年を下らない期間生存し、六七才までの一一年間は十分就労可能であり、その間少くとも月収金一〇万円を下らない収入を得た筈であるから、同人の生活費を収入の三〇パーセントとすれば、月間の純収益は金七万円(年間純収益金八四万円)となる。しかして右数値を基準として同人の就労可能期間中の得べかりし利益の現価をホフマン式計算法(係数八・五九)により中間利息を控除して算出すれば、金七二一万五、六〇〇円となるところ、同人の相続人は子である原告優、妻である原告とよであるから、その法定相続分に応じ、原告優(相続分三分の二)は金四八一万四〇〇円、原告とよ(相続分三分の一)は金二四〇万五、二〇〇円の損害賠償債権を相続により取得したことになる。

3  慰謝料金四〇〇万円

原告らは一家の経済的支柱である亡新五衛門を本件事故によって失い甚大な精神的苦痛を蒙ったが、これを慰謝するには原告優につき金一五〇万円、原告とよにつき金二五〇万円が相当である。

4  弁護士費用金八五万円

原告らは、被告らが、本件事故につき一旦水戸簡易裁判所において成立した調停条項の履行をしなかったので、やむなく原告ら訴訟代理人に本訴提起を委任し、原告とよが、代表して手数料および報酬等合わせて第一審判決時に認容額の一割にあたる金員を支払う旨を約したので、原告らの損害額合計金八五一万五、六〇〇円の一割にあたる弁護士費用金八五万円も損害として請求しうることになる。

5  損害の填補金三〇〇万円

原告らは自賠法による政府保障事業給付金(以下政府補償金という)一五〇万円の支給を受けたほか、被告茂男から金一五〇万円の支払を受けたので、これを各相続分に応じ前記逸失利益に充当する。

6  以上によれば、原告優の損害額は金四三一万四〇〇円、原告とよの損害額は金五〇五万五、二〇〇円となる。

四、よって、被告らに対し原告優は金四三一万四〇〇円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四四年八月二〇日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告とよは金五〇五万五、二〇〇円および内金四二〇万五、二〇〇円(弁護士費用を控除した金額)に対する同日より完済まで前同様の割合による遅延損害金の各自支払を求める。

と述べ、

(一)、被告らの抗弁事実は認めると述べ、

(二)、再抗弁として、

被告ら主張の調停(以下本件調停という)は無効である。即ち、

1  本件調停においては、被告らは原告らに対し本件交通事故による損害の賠償として金四五〇万円を支払うべき債務を負担する。その支払方法として被告らが原告らに対し金一五〇万円を支払い、残額三〇〇万円については被害者である原告らが政府補償金三〇〇万円を自ら請求し、その給付を受けること、もしも政府補償金の給付が金三〇〇万円に満たない場合はその不足分を被告らにおいて賠償する旨の合意が成立したものである。しかるに、被告らは本件調停の趣旨をその条項どおりに解釈し、原告らの解釈と喰い違うので、右調停は法律行為の要素に錯誤があり無効というべきである。また、原告らが被告ら主張のような条項による本件調停を成立させたのは本件交通事故につき政府補償金三〇〇万円が給付されるものと信じたからであり、政府補償金として金一五〇万円が給付されるのみであったならば、その点に原告らの錯誤があったものというべく、右は合意の要素に関する錯誤であるところ、原告らは政府補償金として金一五〇万円の給付を受けるにとどまったから、本件調停は要素に錯誤があり、無効である。

2  かりに、右が単に動機の錯誤にすぎないとしても、右動機は本件調停成立にあたり表示せられていたから、要素の錯誤として無効である。

と述べ、

(三)、被告らの再々抗弁事実は否認すると述べた。

被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因一の事実中被告車と被害車とが原告ら主張の日時、場所で接触し、亡新五衛門が死亡したことは認めるが、被告正男の過失は争う。

二、同二の事実中被告正男が被告車の所有者であることは認めるが、その余は否認する。

三、同三の事実中原告らが、その主張の如く亡新五衛門の相続人であること、原告らが被告茂男から金一五〇万円の支払を受けたことは認める。逸失利益の点および原告らが政府補償金一五〇万円の給付を受けたことは不知。その余は争う。

四、同四の主張は争う。

と述べ、

(一)、抗弁として、

原告らと被告らとの間には昭和四五年二月四日水戸簡易裁判所において本件交通事故による損害の賠償として裁告らが原告らに対し連帯して金一五〇万円を同年二月末日限り原告ら方に持参支払うこととし、同額を越える損害額の支払については原告らはこれを免除する旨の条項の調停が成立したものである。

と述べ、

(二)、原告らの再抗弁事実は否認すると認べ、

(三)、仮定的再々抗弁として、

かりに、本件調停が錯誤により無効であるとしても、原告らが政府補償金の額が査定により幾何となるのか不明であるのに、政府補償金三〇〇万円の給付を受けられることを前提として本件調停を成立せしめたことは、原告らに重大な過失があるものというべく、従って原告らは自らその無効を主張することはできない。

と述べた。

≪証拠関係省略≫

理由

一、被告車と被害者とが原告ら主張の日時、場所で接触し、訴外亡新五衛門が死亡したことは当事者に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件事故は被告車の運転者である被告正男の運転上の過失に基づくことは明らかであるから、同被告は不為行為者として民法七〇九条により、また被告茂男が被告車の所有者であることは当事者間に争いがないから、特別の事情の存しない本件においては運行供用者として自賠法三条により、各自本件事故によって生じた人的損害を賠償すべき義務がある。

二、原告優が亡新五衛門の子、原告とよがその妻でいずれも同訴外人の相続人であることは当事者間に争いがない。

三、ところで、本件事故につき原、被告ら間に、昭和四五年二月四日水戸簡易裁判所において損害の賠償として被告らが原告らに対し連帯して金一五〇万円を同年二月末日限り支払うこととし、同額を越える損害額の支払については原告らはこれを免除する旨の条項による調停が成立したことは当事者間に争いがないところ、本訴請求は右調停が無効であるとして、改めて本件事故による損害の賠償を求めるものであるから、まず果して本件調停が無効であるか否かについて検討する。

≪証拠省略≫を総合すれば、原告らは被告らに対し本件事故に基づく損害として亡新五衛門の逸失利益金五〇〇万円と慰謝料金一〇〇万円合計金六〇〇万円の支払を請求すべき考えであったところ、被告車が無保険車であったため自賠責保険金の給付を受けることはできないが自賠法七三条による政府補償金の給付を受けることができるため、右損害額六〇〇万円の内金三〇〇万円については受給可能と考えられる当時の死亡最高補償額三〇〇万円をもってこれにあてることとし、これを控除した残額三〇〇万円について被告らに対し支払を求めるため本件調停申立をしたこと、ところが、被告らは資力がないとして右金員の支払いに応じなかったため、再三話合いを重ねた結果、調停委員会において、政府補償金三〇〇万円の給付を受けられることは間違いないと考えられるので、被告らが申立額の内金一五〇万円を支払うことで調停を成立させてはどうかと原、被告らに勧告したところ、原告らは右金一五〇万円の支払いに不服ではあったが后日間違いなく政府補償金三〇〇万円の給付を受けられるものと信じ、ようやく右勧告を受諾し、被告らもまた政府補償金以外に被告らが金一五〇万円のみを支払うことで一切が解決されるならばやむを得ないものとして、右勧告を受け容れ、こゝに本件調停条項による調停が成立するに至ったこと、そして、調停委員会も原、被告らも間違いなく政府補償金三〇〇万円が給付されるものと考えていたため、特にこれに関する条項を調停条項に盛り込まなかったこと、ところがその後原告らが保険会社に対し政府補償金三〇〇万円を請求したところ、結局調停で取極められた金一五〇万円を控除され金一五〇万円の給付を受けたにとどまったこと、以上の各事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定したところによれば、原告らが本件調停条項による調停を成立させたのは、政府補償金三〇〇万円の給付を受け得られるものと信じたからであって、原告らはこれを前提として本件調停を成立させたものであり、もしも政府補償金として金一五〇万円の給付より得られないとすれば、その点において原告らに錯誤があったものというべく、この錯誤は本件調停における合意の要素に関するものであり、たといそれが合意の動機に関する錯誤にすぎないとしても、前記認定事実よりすれば、右錯誤は表示せられたそれに関するものであることを認めうるから、本件調停は無効というべきである。

四、被告らは原告らに本件調停を無効ならしめる錯誤があったとしても、原告らに重大な過失があったから、原告らは右錯誤をもって、自ら本件調停の無効を主張し得ないと抗弁するが、もともと自賠法七三条によれば、被害者が損害賠償の責に任ずる者から損害の賠償を受けたときなどは、政府は損害賠償額などの限度で政府補償をしないこととされているから、本件調停条項により原告らが被告らより損害の賠償を受けた場合、それが政府補償額に影響を与えるやも知れず、従って、常に政府補償金の最高額の給付を受け得られることも保し難いものというべく、それにもかかわらず原告らが政府補償金の最高額三〇〇万円の給付を受けられることを前提として本件調停を成立せしめたことについては原告らに過失があったものと言えなくもないが、≪証拠省略≫によれば、本件調停当時原告とよは一介の主婦であり、また原告優は未成年であって政府補償金の請求に関してはともに知識を有していなかったことが十分に推認されるところであるのみならず、前記認定の如く原告らが調停委員会の勧告もあって本件調停を成立せしめたものであるから、以上の事情に照らして考えると、いまだ原告に「重大な」過失があるものということはできないから、被告らの右抗弁は採用できない。

五、そこで、すすんで、原告らの蒙った損害の額について判断する。

1  葬儀費(諸雑費を含む)

≪証拠省略≫によれば、原告とよが夫である亡新五衛門の葬儀費(諸雑費を含む)を支出したことが認められるが、その金額につき特段の立証の存しない本件においては損害として請求しうる右葬儀費等の相当額を金二〇万円程度と認定するのが相当である。

2  逸失利益

≪証拠省略≫によれば、亡新五衛門は本件事故当時勝田市本町三一ノ四佐久山久行方に雇われ、大工として一ヵ月金二五日程度稼働していたが、日給金二、四〇〇円程度(月収金六万円程度)を得、原告らを扶養していたこと、亡新五衛門は大正元年一二月二五日生れで本件事故当時五六才であったことが認められるので、本件事故に遭わなければ、なお、八、九年(昭和四八年一二月一日改訂前の「政府の自動車損害賠償保険事業損害査定基準」による)は、大工として就労可能であったものというべきである。以上の事実関係に基づき亡新五衛門の生活費を収入の三〇パーセントとして逸失利益の現価を算出すれば、金三六六万八、一一二円となる(原告らは本件事故后の大工職の賃金の上昇などから亡新五衛門の平均月収を控え目にみても金一〇万円とすべく、また就労可能年数を一一年とすべきであると主張するが、≪証拠省略≫によれば、亡新五衛門は前記佐久山方に常傭されていたものではなく、人手不足のときに臨時に雇用されていたものであることが認められるから(≪証拠判断省略≫)、亡新五衛門の月収を前記の如き金六万円程度を越えて算出するのは相当でないものというべく、また、同人が大工職であること、本件事故発生が昭和四四年八月であることなどの点からしてその就労可能期間は控え目にみて前記の如く八、九年とするのが相当である)。

そこで亡新五衛門の相続人として原告優は法定相続分三分の二にあたる金二四四万五、四〇八円、原告とよは同様三分の一にあたる金一二二万二、七〇四円をそれぞれ相続取得したこととなる。

3  慰謝料

≪証拠省略≫によれば、亡新五衛門は生前一家の経済的支柱として原告らを扶養して来たこと、原告らは亡新五衛門の死亡によって甚大な精神的打撃を受けたことが認められ、さらに諸般の事情を考慮すれば、原告らの精神的苦痛を慰謝するには原告優につき金一五〇万円、原告とよにつき金二五〇万円が相当である。

4  損害填補

以上損害額は原告優につき金三九四万五、四〇八円、原告とよにつき金三九二万二、七〇四円となるところ、原告らが、被告茂男から本件調停条項に基づき金一五〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、また原告らが政府補償金一五〇万円の給付を受けたことは前記のとおりであるから、特段の事情の存しない本件においては右各金員は原告らのそれぞれの相続分に応じて各自の損害に対する支払に充当されたものというべく、従って、残損害額は原告優につき金一九四万五、四〇八円、原告とよにつき金二九二万二、七〇四円となる。

5  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは被告らが任意に損害を賠償しないのでやむなく原告ら訴訟代理人に本訴提起を委任し、その弁護士費用を原告とよが負担することを約したことが認められるところ、本訴請求額、認容額、事案の内容その他諸般の事情を考慮し、同原告が損害として請求しうる弁護士費用の額を金五〇万円と認定する。

六、以上の次第で、被告らは各自原告優に対し金一九四万五、四〇八円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四四年八月二〇日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告とよに対し金三四二万二、七〇四円および内金二九二万二、七〇四円(弁護士費用を控除した金額)に対する前同日より完済まで前同様の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度で正当として認容すべきも、その余は失当として棄却を免れない。

七、よって、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田昭雄)

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